国際交流基金 ベラルーシ派遣報告

2013年11月1日(1日目)
ミンスク国際空港着
国際交流基金巡回展「現代デザイン100選」オープニング
ベラルーシ国立歴史博物館にて

■この国の人達の目に映る日本とは?

重厚な石造りの街を抜けてホテルから会場の博物館に。ベラルーシには過去3回映画の撮影のため来ているが、首都ミンスクは、通り過ぎるのみですぐに農村へ向かったので、その町並みは初めてのような印象。
博物館の巡回展には次々と人が集まり始めている。式の前に展示をぐるっと見て回る。10年ほど前に制作された「現代デザイン」を今見ると、タイムカプセルを開けたような不思議な感覚。ちっとも古びず堂々たるたたずまいのものもあり、くったりと影がうすくなってしまっているものもある。流行ということではなく、時のヤスリに耐える骨太の形というものについて、改めて考えさせられる。
もんきりの形が時の流れを越え、今、再発見されることで新たな輝きを帯びていることは、やはりすごいことだ。

テレビとラジオのインタヴューを受ける。事前につくってくださった「MONNKIRI」ワークショップのパンフレットまであるのにびっくり。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告レクチャー準備

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告レクチャー準備

後で聞けば、これは大使館の花田さんのご主人ガエフスキー スヴャトスラフさんの作。彼が柔道や禅を愛する日本通であることを知る。
遠い異国と不思議な縁で結ばれてしまう人というものがいるものだなあ。

式の後は博物館を見学した後、夕食へ。三森大使、歴史博物館副館長らと。
日本でのボルシチのイメージを覆すトマトの入らない透明なスープのボルシチ。茹でた蕎麦の実を入れて食べる。なんだか日本料理のよう。
こういう既存のイメージの塗り替え作業がこれからたくさんあるといいな。楽しみ。


 

11月2日(2日目)
12:00~13:30 レクチャー
15:00~17:00 ワークショップ
ベラルーシ国立美術館カフェにて。

■やはり実物の力(レクチャー)

展覧会場から少し離れた美術館。街も美術館入口のドアも自分の縮尺が縮んでしまったような大きさ。
入口を入ってすぐ横のコーヒーや洒落た軽食を出すカフェのテーブルを片付けて、レクチャーとワークショップの準備。

定員の倍以上の申し込みがあったとのこと。この国にに住む日本人は約40人(大使館員6人を含む)で日本企業の進出もほとんどないということを昨日聞いた。彼らが「日本」にどんなイメージを持ち、何が知りたくてここに集まっているのか?それがわからない。ともかく対話の中から探っていくしかないなとスタート。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップの様子ふだんのワークショップでは原稿を作らず相手の反応を見ながら進めるが、今回は通訳と映像を準備する都合もあり、あらかじめ原稿を用意した。
日本でワークショップをするときも紋のモチーフとなっている実物(琴柱や糸巻き、炭や箪笥把っ手など)を実際に見せながら話をする。

ここでもそれは有効。やはり人の暮らしには共通点があるし、モノ自体が語ることは多い。
提灯や団扇、瓢箪の実物も持参。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ 日本の道具の紹介

特に寒いこの国では瓢箪は珍しく興味を持ってもらえた。
自明と思っていたことも改めてちゃんと説明をしようとすると実際にはよく知らないということを思い知らされることが多い。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ

やはり異文化と接することは、相手を鏡にして自らを顧みることだ。
レクチャー後、持って来た書籍や実物などを熱心に見に来る人達がたくさんいた。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ

 

■信じられない!こんなに勘がいいのははじめて。
(午後のワークショップ)

実際にやり方を説明し手を動かし始めてしばらくすると、助手として同行してくれた宮川園が叫んだ。
「信じられません。こんなにすぐ出来る人ばかりなんて!!」

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ彼女は大学の教え子であり、卒業してから別府での自分の活動の中で自ら「もんきり」ワークショップを主宰する経験を積んでいる。
「もんきり」は一端呑み込んでしまえば、誰にでもできる切り紙ではあるが、彼女の言うとおり、最初は紙の折り方や鋏の扱いに戸惑う人も多い。
それがここの人たちときたら、通訳を介しているにも関わらず、今まで数百回やってきたどのワークショップよりも飲み込みが早い!これはびっくりだ。

ちょっと難しく、慎重さを要する五つ折りも、わからなくて困っている人がいない。

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江戸時代の書物には、ほとんど解説がない。それは懇切丁寧なマニュアルに慣れてしまった現代人には不親切に感じる。
けれど、親切すぎることで「考える」機会を奪っているのではないか。手の仕事があたりまえの日常さえあれば、手が考えることができるのではないか。常々そんなことを考えていた。

これは・・・!ここの人達の暮らしには、江戸時代がそうであったように「手の仕事」が生きているに違いない。そう確信して興奮した。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ

聞いてみると大人の男性も子供の頃から母親と一緒に切り紙をしたという。
ベラルーシにも「ヴィチナンカ」という切り紙があるということを聞いているので、
ここでまた「暮らしの中で生きている切り紙」と出会えるのではと期待が高まる。

参加者の何人かはヴィチナンカの作家でもあり、自分の作品を見せてくれたり簡単な実演もしてくれる。
もんきりでつくった日本の形も、彼女達が手を加えるとベラルーシの形と融合して新しい形が生まれる。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ

これが切り紙ワークショップの醍醐味。う~ん。もっといろいろ聞きたい。教えてもらいたい。
普通の家庭を訪問して暮らしぶりを見てみたい。これからが本当の交流なのに、時間がないのが残念。

小児科の医師だという若い女性がわざわざ自分のつくったもんきりにメッセージと名前を書いてプレゼントしてくれる。
そして今日の話は大変面白かったと。今にして思えばもっと彼女と語り合いたかった。彼女の心を捉えたのは何だったのだろうか。

日本でワークショップをする場合は、やりながら、あるいは終わった後参加者と交わす会話が非常に有意義なのだか、言葉が通じないことで(もちろん通訳さんは本当によくやってくださったけど)なげたボールがどのように受け止められたか、その反応がもひとつわからなかった。これは次の課題。

 

■おお、ここに提灯が!

終了後 国立美術館の展示を案内していただく。新館の日本の展示コーナーには美しい打ち掛けと提灯、陶器など。
どういう経緯で誰がこの展示をし、どのような解説をしているのか。この国の人達にはどんなふうに映っているのか。
聞きたいことはたくさんあったが、残念ながら聞きそびれてしまった。重厚な古い絵画だけでなく面白い現代美術もある。

もっといろいろ見て歩きたいなあ。木で作った人形劇の舞台と人形が面白い。
クリスマスの生誕劇を演じるそうだが、2階は天上界、1階は世俗を表す2重構造になっているのが面白い。上演を見てみたいものだ。

 

■世界の中の日本を思う

大使館の職員のみなさんとグルジア料理の夕食。海外に旅行することは多いが、
大使館にお世話になることは(トラブルがなかったという意味では幸いにも)なかった。
世界じゅうにこのような仕事をする人達がいて、日本の最前線として活躍しているのだなあというリアリティーを初めて持ったといってもいい。

彼らがこの国で日本をどのように知らしめようとしているのか?彼らから見る今の日本は?世界の中で日本はどんな存在なのか?興味は尽きない。

 


 

11月3日(3日目)
取材→国立美術館でワークショップ→モロジェチノの学校

■なぜだかテレビ局へ

ワークショップの前にテレビ局での取材があるというので、急遽向かう。ワークショップの準備の時間がなくなるのでは?という不安も・・・。
案の定メイクまでされ、ワイドジョー(?)的なソファーに座って、コーヒーを飲みながらおしゃべり。

国営テレビなのにコーヒーメーカーがスポンサー。「日本人はかわったコーヒーの飲み方するの?」「星占い信じるの?」など謎の質問も含み、もんきりのことも説明して録画。日本でも見かけるあの外国のトーク番組。その額縁の中に自分が切り貼りされたみたいな不思議な違和感。

それにしても、日本の情報が極端に少ないこの国で、「もんきり」がどんどん有名になっていく・・・ま、いいか。明日の朝放映予定。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告国際交流基金 ベラルーシ派遣報告

■ワークショップ再び

今回のワークショップも定員の2倍越え。素材がちょっと足りないけれど、なんとか工夫で乗り切る。
昨日の経験も生かして、実物を使ったクイズを冒頭でやって、みんなに発言をしてもらったら、やっぱり盛り上がる。
切ったもんきりは小さな色紙に貼って小屏風にする。今までいろんな国の人とこういうワークショップをするなかで、その貼り方のセンスにはお国柄も現れるような気がしている。ベラルーシの人達の余白の取り方はけっこう日本的。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ 国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップすてきな作品が並びました
今回は昨日見せ忘れた日本の白い切り紙(正月のきりこや、神楽の切り透かしなど)を見せたら、非常に興味を持って写真を撮る人が多かった。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告もんきりワークショップ

ワークショップは来て下さる方達といっしょに作り上げてくもの。出会っていっしょに作業をしながらお互いの共通点や違いを探り合う、その上でさらにもう一段何をどうやるかを組み立て直す作業ができれば(時間的な余裕も含め)より深いものに出来そうな気がする。

現地について現地のことを知る。現地で素材や方法を再構成する。ホームステイをする・・・などを経てワークショップをすると、より面白いものになりそうだ。

 

■モロジェチノの学校へ

ワークショップの片付けの後、ドライブスルーでマクドナルドのハンバーガーを食べながら一路モロジェチノ(Molodechno)へ。
ミンスクの町を出て農村地帯を行く。薄暗くなったころ到着。昨日ワークショップに参加してくれていた2人の女性が笑顔で出迎えてくれる。

こじんまりとした街の素敵な音楽学校。音楽学校なのに美術工芸コースがあるという。最初に案内された部屋でまずはびっくり!
わあ~部屋中にやわらかい金色の光に満ちている!と思ったのが、麦わらでつくったモビールの「パウク」。

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告モロジェチノの学校訪問 国際交流基金 ベラルーシ派遣報告モロジェチノの学校訪問
この部屋は他にもところ狭しと学生達の卒業制作が飾られた気持ちのいい応接室だった。
そこで、彼女達の話を聞く。次から次へと素晴らしい切り紙の作品を見せて下さる。すごい!

国際交流基金 ベラルーシ派遣報告モロジェチノの学校訪問 国際交流基金 ベラルーシ派遣報告ヴィチナンカやバウクの作品を熱心に説明してくださるナタリア先生達国際交流基金 ベラルーシ派遣報告 国際交流基金 ベラルーシ派遣報告ヴィチナンカやバウクの作品を熱心に説明してくださるナタリア先生達 国際交流基金 ベラルーシ派遣報告ヴィチナンカやバウクの作品を熱心に説明してくださるナタリア先生達

ここで聞いた話では、切り紙の「ヴィチナンカ」も「もんきり」が一端忘れ去られていたように、滅びかけていた時期があっということ。
先生達の親の世代でその再生の努力をされた方がいて、今があるとのこと。
もともとは、窓に貼ってレースのカーテンのように飾るための手法だったのものが、複雑なものに発展したらしい。
この辺の経緯はもっと知りたい。

ここの生徒達はヴィチナンカ(切り紙)、パウク(麦わら細工)、木彫など暮らしの中で生き続けていた手仕事をじっくり時間をかけて学ぶ。
まずどんな形が何を象徴するのかということをきちんと教わり、その上で自分なりの切り紙を創作するようだ。
3年で卒業した後、改めて美術大学へと進学する子も多いという。暖かい家庭的な環境で伝統的な暮らしの手仕事を身体化した上で、創作へ進むという学校のありようは非常に魅力的。今の日本が学ぶべき点もありそうだ。

もっと時間をとって子ども達の活動の様子を見たり、話を聞いたり、いっしょに体験したりしてみたいと思った。

象徴の体系についても、もっと詳しく知りたい。というのも、ナタリア先生の口から出る季節の精霊や女神、熊や猫やミツバチ・・・という言葉は、八百万の神のおわす日本とどこか似ている気がしたのだ。
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ベラルーシでは詩の暗唱が盛んだが、実はナタリア先生はそれがあまり好きではなかったらしい。
ところが日本の俳句に出会って大好きになったということ。そして、何と枕草子を読んだのだという!
一体枕草子のどこに彼女が共感を覚えたのか、実に興味深い。また、彼女達はネットで日本の家紋を探し当て、プリントアウトして持っていたことがわかり、日本の紋帖をプレゼントした。
文様は言葉を越え、お互いの心の共通点を直感させたのかもしれない。あっという間に時間がたった。

この学校行きをアレンジしてくださっり、ずっと通訳をしてくださった大使館の花田さんに感謝。
またこのフィールドワークの続きがいっしょにできればいいなあと願う。
たった40人しかいない日本人。遠い極東の小さな不思議な国。アニメ。放射能汚染という共通の苦悩・・・。
この国と日本との接点をもっと広げていければいいなあ。


 

■最終日の午前中

ホテルの近くで、たまたま農村から収穫物を積んだトラックが集まったマーケットが開かれていた。早朝から足を運ぶ。
生きた魚、ベリー、肉のかたまり、黒パン、ジャガイモやカボチャ。市場には人の暮らしがある。

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■帰国後花田さんから教えていただいたこと

帰国早々、日本でフィンランドの「ヒンメリ」という藁細工の展示があることを知る。
「バウク」ととても似ている。

*フィンランドの同じような麦わら細工の「ヒンメリ」は冬至祭りの飾りだそうですね。
こちらでは冬至というのは祝わないようです。
ベラルーシの飾りは「パウクpauk(蜘蛛)」と言います。
家のネガティブな「気」を吸い取るとか。部屋の中でイコンを飾ってある一画に良く飾るそうです。

**モロジェチノでお会いした先生方のこと

エリザヴェータ・チェルヴォンツェヴァ Elizaveta Chervontseva http://vytinanka.by/en/
お姉さん(ナタリヤさん)もヴィチナンカをされる方で,同じ学校の先生だそうです。
お姉さんは日曜日に参加されていました。お二人のHPがあります(英語もあり)。
また,お母様も画家で,日曜のお話ではヴィチナンカ再生の功労者のお一人のようです。

リュドミラ・ヴォルコヴィチ-ボリス Lyudmila Volkovich-Boris
https://www.facebook.com/volckovich.boris#!/volckovich.boris
このお二人のほかにも,ヴィチナンカをされている方は何人かワークショップに参加されていました。
ナタリヤ・ガマユノヴァNatal’ya Gamayunova
http://paperboom.com/
(他の作家の作品も掲載)
オリガ・バブーリナ Ol’ga Baburina
http://vitcinanca.narod.ru/photoalbum.html
彼女の作品は他にもビデオ,展覧会の記事などインターネットで見られます。
https://www.facebook.com/volckovich.boris#!/volga.baburyna?fref=pb&hc_location=friends_tab

お世話になったみなさん、本当にありがとうございました。

下中菜穂